WWE (”World Wrestling Entertainment”) とは、アメリカ合衆国 アメリカのプロレス団体である。2001年以前はWWF (”World Wrestling Federation”) という名称であったが、全く同じ略称のWorld Wide Fund For Nature(世界自然保護基金)に名称の改変を求める訴訟を起こされ敗訴、WWEに改めた。1963年、WWE現オーナーであるビンス・マクマホンの父でありNWA(”National Wrestling Alliance”)のプロモーターだったビンセント・ジェームズ・マクマホン(マクマホン・シニア)は、自派のバディ・ロジャースからサム・マソニック派のルー・テーズへのNWA王座の移動を認めず、WWWF(”World Wide Wrestling Federation”)を設立し、同時にロジャースを初代WWWF王者にする。1979年にNWAに加盟した事を機会に、WWF(”World Wrestling Federation”)に改称。1982年、大学を卒業後リングアナウンサーやプロモーターをしていたビンス・マクマホンは不仲であった父親からWWFを譲渡ではなく買収という形で手に入れる。それ以降当時AWA(”American Wrestling Association”)に在籍していたハルク・ホーガン等有力選手を次々と引き抜き、ケーブルTV番組を利用した中継等により事業を大幅に拡大。1985年には歌手のシンディ・ローパーやホーガンと共にロッキー (映画) ロッキー3に出演したアクションスターミスターTをMTVのプロレス特番に出演させ注目を集めると、同年3月19日にニューヨークのマジソン・スクエア・ガーデンでレッスルマニア WrestleManiaを開催。元ニューヨーク・ヤンキース監督のビリー・マーチンや元世界王者のモハメド・アリを招き、ミスターTをメインで戦わせたこのイベントは2万2000人の観客を集め、プロレスイベントとしては異例の400万ドルの興行収益をあげた。さらに2年後のWrestleMania 3で9万3000人の観衆を集めたWWFは全米マット界での一人勝ちへの道を歩み始める。1993年にはMonday Night RAWの放送を開始するもレスラーのステロイド問題が多発。ビンスも裁判に出廷する騒ぎも起きたが結局は無罪判決に落ち着いた。
Xbox(エックスボックス)は、世界最大のコンピュータソフトウェア会社であるマイクロソフト(MS)が開発した家庭用ゲーム機である。アメリカ合衆国 アメリカでは2001年11月15日に、日本では2002年2月22日に発売された。PCの部品をほぼそのまま流用した構成となっており、一部のメディアではほとんど「パーソナルコンピュータ パソコン」と呼ばれていた。コントローラポートは形状こそ異なるがUniversal Serial Bus USB規格が使われている。オペレーティングシステムとしてMicrosoft Windows 2000のカーネルをごく軽量化したものを搭載し、Application Programming Interface APIにはDirectXを採用している。 CPU : Intel Mobile Celeron (Pentium IIIベース) 733 MHz