漫画といえば...

トキワ荘 w
トキワ荘(ときわそう)は、東京都豊島区南長崎3-16-6(当時は豊島区椎名町5-2253)に1952年から1982年にかけて存在したアパート。1952年12月6日に上棟式。当時の漫画雑誌社、「漫画少年 学童社」が、自社の雑誌で連載を持つ漫画家を多くこのアパートに入居させた。それらの漫画家の多くがその後著名となったため、漫画家、漫画ファンにとっては聖地的な扱いをされていた。最初にこのアパートに入居した漫画家は1953年初めに入居した手塚治虫だった(手塚も学童社の編集者に勧められてここに入居した)。手塚の入居期間は約2年と短かったが、その間にも相次いで学童社が漫画家を入居させたため、漫画界の梁山泊の観を生じた時期がある。ただし、それらの漫画家の多くは比較的すぐに移転したため、漫画家が多く住んでいた時期は比較的短い。
貸本 w
貸本(かしほん)は、貸本屋が貸し出す書籍および雑誌の総称である。また、そのような業種自体を指すこともある。江戸時代には、本は高価だったため、草双紙、読本、洒落本などを貸し出す貸本屋は手軽な娯楽として庶民に親しまれた。20世紀初頭から、江戸川乱歩や手塚治虫を始めとする数多くの大衆小説家や漫画家の作品を刊行して読者層を増やし、怪奇漫画や貸本劇画などの新しい文化を生み出した。戦後、小説や漫画単行本、月刊誌を安く貸し出す貸本店が全国規模で急増した。貸本店は大衆娯楽小説や少年漫画などの単行本、成年・少年・婦人雑誌などを提供する場として1960年代初頭まで日本全国にあふれていた。1940年代末からは漫画を中心に貸本店向けの書籍も刊行された。のちに登場するレンタルビデオ店の先駆的な存在である。
劇画 w
劇画(げきが)は、絵とセリフでストーリーを描く表現技法で、現在は漫画の一分野に含まれる。定義としては、かわいらしくデフォルメされた作画をする漫画に対し、劇画は写実的な作画で、大人向けのシリアスなストーリーを描くものと言える。現在は漫画の一分野であるものの、劇画は草創期には漫画とは別ジャンルの娯楽であった。雑誌の作品として発表される漫画に対して、劇画は貸本屋で貸し出される作品として始まった。そして当時は、漫画は子供向けでストーリーよりも笑いを重視した他愛のないものであり、ストーリー(劇)を紙面上に描いたものが劇画であるという定義であった。
藤子不二雄 w
名前 藤子 不二雄 脚注 本名 藤本 弘まんがseek・日外アソシエーツ共著『漫画家人名事典』日外アソシエーツ、2003年2月25日初版発行、ISBN 4-8169-1760-8、323 - 324頁(藤子・F・不二雄)安孫子 素雄(藤子不二雄A 藤子 不二雄Ⓐ) 国籍 日本 生年 1933年12月1日(F)1934年3月10日(A) 職業 漫画家 活動期間 1951年 - 1987年(コンビ解消による) ジャンル 代表作 『オバケのQ太郎』 受賞 第8回小学館漫画賞(『すすめロボケット』『てぶくろてっちゃん』)第27回小学館漫画賞児童部門(『ドラえもん』)藤子 不二雄(ふじこ ふじお)は、富山県出身の2人の漫画家による共同ペンネーム。小学生時代からの友人同士であった藤子・F・不二雄 藤本 弘(ふじもと ひろし、1933年12月1日 - 1996年9月23日)と藤子不二雄A 安孫子 素雄(あびこ もとお、1934年3月10日 - )が1954年より使い始め、『オバケのQ太郎』(共作)、『パーマン』(藤本)、『忍者ハットリくん』(安孫子)、『怪物くん』(安孫子)、『ドラえもん』(藤本)などをこのペンネームで発表した。
4コマまんが王国 w
4コマまんが王国(4こままんがおうこく)とは、双葉社が発行する主にテレビゲームに関するパロディー・ギャグ4コマ漫画やショートコミック、同名の雑誌のレーベルで、双葉社アクションコミックスのシリーズである。略称は4コマ王国、ファミコン王国、ファミ4、ファミ王など。スクウェア・エニックスの4コママンガ劇場に次ぐ歴史を誇る。編集元はG.G.C.。質の高い数々の爆笑ネタや作家が誕生した。最盛期には任天堂のゲームを対象にしたものが多く出版されており、ゲームコミックレーベルの中でも高い人気を誇っていた。このレーベルをきっかけに頭角を現した作家は少なくはない。しかし現在、最盛期を支えた作家の多くは光文社の4コマギャグバトルなど他誌に活躍の場を移しており、当時の面影を残す作家陣は殆ど姿を消している。
巨人の星 w
『巨人の星』(きょじんのほし)は、原作:梶原一騎、作画:川崎のぼるによる日本の漫画作品。本項では、続編である『新巨人の星』についても併せて解説する。『巨人の星』、『新巨人の星』を基にしたアニメ作品については、『巨人の星 (アニメ)』を参照。主人公の星飛雄馬は、かつて巨人軍の三塁手だった父・星一徹 一徹により幼年時から野球のための英才教育を施される。プロ野球の読売ジャイアンツに入団後、ライバルの花形満や左門豊作らを相手に大リーグボールを武器に戦う。いわゆるスポ根野球漫画の走りともいえる作品。『巨人の星』(通称「左腕編」)は1966年から1971年まで『週刊少年マガジン』に連載され、『週刊少年マガジン』連載直後にKC(講談社コミックス)全19巻で刊行された。KCスペシャル版と1995年の文庫版では全11集である。その続編『新巨人の星』は1976年から1979年まで『読売ウィークリー 週刊読売』に連載された。『巨人の星』・『新〜』ともに讀賣テレビ放送 よみうりテレビ系でTVアニメ化され、アニメ映画も7作品が製作されている。
江口寿史 w
江口 寿史(えぐち ひさし、男性、1956年3月29日 - )は日本の漫画家、イラストレーター。妻は元アイドルの水谷麻里。「Weeklyぴあ」にて『キャラ者』を連載中。(2006年9月現在)熊本県水俣市に生まれ、千葉県流山市に育つ。千葉県立柏高等学校卒。代表作に『ストップ!! ひばりくん!』、『すすめ!!パイレーツ』、『江口寿史の爆発ディナーショー』など。1977年に、『恐るべき子どもたち』でヤングジャンプ賞(現在の十二傑新人漫画賞)入選、同年『8時半の決闘』で第6回赤塚賞準入選、1978年には『名探偵はいつもスランプ』で第6回愛読者賞を受賞、また1992年には『江口寿史の爆発ディナーショー』で文藝春秋漫画賞を受賞している。
魔球 w
魔球(まきゅう)とは、主に野球漫画において投手が投げる変化球であるが、常識からは外れた極めて異質な変化をするものを特に「魔球」と表現することが多い。その多くは物理的に不可能である。また、比喩として掴みどころのないことや、必殺の武器のことを指すこともある。魔球が最初に登場した作品は『ちかいの魔球』(原作:福本和也・作画:ちばてつや)とされる。その後を受けたのが、『黒い秘密兵器』(原作:福本和也・作画一峰大二)である。そして更にその後発である『巨人の星』の大ヒットと共に魔球の存在は野球漫画において定着し、不可欠とされるようになった。3号まで開発された大リーグボールとその攻略の駆け引きは作品を緊迫したものとし、「消える魔球」は正体がしばらく伏せられていた間、各界の著名人の間で種明かしの予想がなされた。
漫画 w
漫画(まんが)とは、狭い定義では笑いを企図した絵をいう。これは「戯画(カリカチュア)」の概念と近い。広い定義では、必ずしも笑いを目的としない「劇画」「ストーリー漫画」「落書き」「アニメ」なども含み、幅広い意味を持つ。これは"comic"と同義であり、北澤楽天が"comic"の訳語として「漫画」という言葉を使用して以後、この意味での「漫画」が現代における漫画という語へ定着するようになった。 ここでは、日本の漫画独特の表現や歴史ではなく、comicと同義語としての漫画として説明する。漫画は、現時性と線上性とが複合した一連の絵である。現時性とは「その全てを一望して把握できること」、線上性とは「流れの中で部分を辿り、把握していくこと」である。法隆寺の落書きのような卑俗な笑いから、フランス革命前夜のビラのような体制への嘲笑であったり、また時に、ゴヤのような人間存在を揺るがす鋭いブラックユーモアであったりする。その歴史は長く、時代・地域・社会層によりさまざまな形で存在してきた。形式は極めて多様であり、厳格な定義は殆ど意味をなさない。
梶原一騎 w
名前 梶原 一騎 脚注 本名 高森 朝樹 国籍 日本 生年 1936年9月4日 没地 活動期間 1960年頃 - 職業 漫画原作者、小説家、映画プロデューサー ジャンル スポーツ漫画、劇画 代表作 『空手バカ一代』『タイガーマスク』『巨人の星』『侍ジャイアンツ』『あしたのジョー』※いずれも原作担当 受賞 第8回講談社児童まんが賞(『巨人の星』) 公式サイト 梶原 一騎(かじわら いっき、1936年9月4日 - 1987年1月21日)は、日本の漫画原作者、小説家、映画プロデューサー。本名は、高森朝樹(たかもり あさき)。高森朝雄(たかもり あさお)の筆名も使用した。格闘技やスポーツを題材に、男の闘う姿を豪快に、ときには繊細に描き出し、話題作を次々と生み出した。自身の破天荒な生き方や数々のスキャンダルでも話題を呼んだ。

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