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「日記」のピックアップ・エントリー
日記
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日記(にっき)とは、日々の出来事を、ある程度連続的に紙などに記録したものである。単なる記録として扱われるものから、文学として扱われるものまで、その内容は様々である。ある人物の生涯にわたって記されるような長期にわたるものから、ある旅、ある職務、ある事件などの間だけ記された短期のものまで、期間・分量も様々であり、西洋・東洋を問わず、世界的に存在する。日記が書かれる主な契機の一つとして、旅の記録がある。仕事であれ、私的な所用であれ、戦争への従軍であれ、特別な出来事の内容、見聞、心覚えを記したものとして日記は書かれた。古代ローマのガイウス・ユリウス・カエサル カエサルがガリア征服の経過を記した『ガリア戦記』がその有名な例である。
海軍兵学校
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海軍兵学校(かいぐんへいがっこう)は、海軍の将校を養成する機関のことである。初級士官を養成する機関であり、4年程度の期間を要し、海軍将校として必要な各種の知識・技術・教養などを教育する。海軍ならではの特徴として、艦船をもちいた長期の洋上実習が行われることが多い。ちなみに提督などの高級士官の養成機関として日本では海軍大学校があった。大日本帝国の海軍兵学校 (日本海軍) 海軍兵学校は広島県江田島市 江田島に所在していた。この海軍兵学校は、イギリス・アメリカと並んで世界三大海軍兵学校の一つであった。第二次世界大戦の敗戦により、閉校。海上自衛隊における幹部養成は同地に設立された海上自衛隊幹部候補生学校が行っている。
高木惣吉
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高木惣吉 高木 惣吉(たかき そうきち、1893年(明治26年)8月9日~1979年(昭和54年)7月27日)は、大日本帝国海軍 日本の海軍軍人。最終階級は海軍少将。熊本県人吉市出身。高木は海軍正規将校としては珍しく旧制中学校 旧制中学教育課程を経ず高等小学校卒業のみの身分でありながら並外れた努力を発揮して海軍兵学校 (日本海軍) 海軍兵学校に受験合格し、更に最終的に将官に進級した稀有な経歴を有する海軍軍人である。海軍兵学校第43期入校成績順位は100名中第21位、卒業時成績順位は96名中第27位。海軍大学校甲種学生第25期首席卒業。在フランス日本大使館附大日本帝国海軍 海軍駐在武官補佐官。帰国後は主に海軍省勤務。
海軍省
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海軍省 (かいぐんしょう)とは、大日本帝国海軍 日本海軍の軍政機関である。軍令は天皇直属の軍令部が担当する。太政官布告第62号により、1872年2月に兵部省から独立。初期は軍政・軍令が未分化のところもあったが、大日本帝国憲法で整理される。軍令は86年発足の参謀本部が吸収し、93年には海軍軍令部が最高機関として設置され、軍令を管轄する。軍務局を中心に海軍政策、軍備、人事や教育などを行った。海軍省は内閣の省であり、長は海軍大臣で、天皇によって任命された。海軍大臣の職務は海軍軍人の監督など海軍軍政の管理であり軍令権は持たない。また、大臣は現役の海軍大将又は中将が任命された。なお、軍縮会議などで海軍大臣が長期間日本国内にいない場合は内閣総理大臣による兼任や、臨時の海軍大臣を設けた。
朝雲新聞
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朝雲新聞(あさぐもしんぶん)は防衛庁・自衛隊関連のニュースを主とする新聞。発刊当初はタブロイド版で月二回発行だったが、間もなく旬刊となり、発刊翌年からはブランケット版で毎週木曜日に発行される新聞 週刊紙となった。1952年6月、警察予備隊(現在の自衛隊)の機関紙として創刊。編集・制作を株式会社朝雲新聞社に委託、1962年3月に発行権が防衛庁共済組合から朝雲新聞社に譲渡され、以後、民間による防衛問題の専門紙として今日に至っている。公称25万部の発行部数の一部は部外で購読されているが、大半は防衛庁共済組合を通じて自衛隊内で購読されており(その殆どは隊員・職員個人ではなく、部隊単位の予算で購読)していることから、防衛庁・自衛隊の機関紙的な色彩が強い。紙面内容は防衛行政から自衛隊の訓練、行事、人事、装備、評論、隊員の所感文など多岐にわたるが、特に災害派遣や海外での国連平和維持活動 PKO活動、防衛関連の法制などは一般紙に比べ詳細に報道されている。
阿川弘之
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阿川 弘之(あがわ ひろゆき、1920年12月24日-)は日本の小説家、評論家。広島県名誉県民。阿川尚之、阿川佐和子の父。広島市白島九軒町(現中区 (広島市) 中区白島九軒町)に阿川甲一・きみの長男として生まれる(本籍地は山口県美祢市)。旧制広島高等学校を経て東京帝国大学文学部国文学科卒業後は通信科予備士官として海軍に勤務する。終戦時海軍中尉。ポツダム大尉となる。1946年春、大陸から引き揚げ、原子爆弾により焼き尽くされてしまった故郷広島の街を見る。戦友も多くを亡くした。「自分は生き残ってしまった、と言う無常感が根付いてしまった」。その後志賀直哉に師事して小説を書く。1953年、一作でいいから、自分達同期生の戦時中の海軍生活をありのまま描いたものを残したい、と亡き友らの鎮魂の思いで描いた『春の城』で読売文学賞を受賞。
海軍大学校
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海軍大学校(かいぐんだいがっこう)は、大日本帝国海軍 日本海軍の将校育成の機関である。1888年に東京・築地に開校(海軍兵学校が築地から江田島に移転した年)。海軍の幹部を養成する機関で、卒業生は海軍の要職を占めた。関東大震災で罹災し、1932年、東京・上大崎に移転。第二次世界大戦後、海軍大学校は廃止され、建物は国立予防研究所が使用した。 海軍兵学校 陸軍大学校 大日本帝国海軍 かいくんたいかつこう 旧日本軍の教育機関 かいくんたいかつこう 廃止された日本の国家機関 かいくんたいかつこう
軍令部
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軍令部 (ぐんれいぶ)とは大日本帝国海軍 日本海軍の中央統括機関(海軍省と共同で行う)である。海軍省が政府に属し軍政・人事を担当するのに対し、軍令部は天皇に直属し、その統帥を輔翼(ほよく)する立場から、海軍全体の作戦・指揮 (軍事) 指揮を統括する。長たるものは軍令部長(後に軍令部総長)であり、天皇によって海軍大将又は中将が任命される。また、次長は総長を補佐する。この二官は御前会議の構成員でもある。軍令部は主として作戦立案、用兵の運用を行う。また、戦時は連合艦隊司令長官が海軍の指揮・展開を行うが、作戦目標は軍令部が立案する。設置当初、政府上層部は大日本帝国陸軍 陸軍を尊重していたため、参謀本部での軍令部は陸軍出身者の下に置かれた。しかし、太平洋戦争時の最高戦争指導会議では大きな発言力を持つこととなる。
練習艦隊
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練習艦隊(れんしゅうかんたい)とは、海軍(それに準じる組織を含む)の要員の訓練に特化した艦隊である。多くの場合、下士官及び水兵の訓練は、学校を除いては教育隊や兵 (日本軍)#海兵団 海兵団で行われるので、少尉 初任士官又は士官候補生の教育末期に行われる。戦術運動訓練、ハイライン訓練及び曳航被曳航訓練等の重要な訓練は2隻以上なければ実施できないため、小規模な艦隊を編成することが多い。英国海軍では艦長に縁故のある十代半ばの年少者を艦長従卒として乗組ませて教育を施してきた。1845年10月10日に米海軍は海軍兵学校_(アメリカ合衆国) 米海軍兵学校を開校したが、それでも当初は艦上での実地教育が主であった。英国海軍は19世紀から士官候補生を特定の練習艦に集めて教育を施したが、1903年に全ての海軍士官候補生を海軍兵学校 (イギリス) ダートマス英海軍兵学校に集めて教育を施すことになった。
戦史叢書
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戦史叢書(せんしそうしょ)とは防衛研修所戦史室 (現在の防衛庁防衛研究所戦史部の前身)によって1966年(昭和41年)から1980年(昭和55年)にかけて編纂され、朝雲新聞社(あさぐもしんぶんしゃ)より刊行された史料集である。全102巻から構成され、別に図・表類が付属する。刊行された年代が古いため、現在から見ると若干の誤りも指摘されているが(特に対ソ関係やノモンハン事件に関する箇所)満州事変・日中戦争から太平洋戦争について研究する者にとっては最重要の基礎史料の一つとされる。なお防衛研究所戦史部はこれまで知られていなかった史料・資料(主にソ連の崩壊に伴う旧東側のもの)
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