新日本プロレス(しんにほんぷろれす)は、日本のプロレス興行団体。略して新日(しんにち)とも呼ばれる。英語表記:New Japan Pro-Wrestling 略称:NJPW 「KING of SPORTS」を標榜している。1972年1月、日本プロレス選手会を除名されたアントニオ猪木が設立。同年9月に設立されたジャイアント馬場率いる全日本プロレス(全日)と、男子プロレス界の二大老舗団体として君臨。「ストロングスタイル」と呼ばれるファイトスタイルを掲げている。運営会社は新日本プロレスリング株式会社。取締役社長はサイモン・ケリー猪木。2005年11月14日、ユークスが株式の過半数取得を発表、同社の子会社となる。
『技術』より : 技術(ぎじゅつ ギリシア語τεχνη)・技(わざ)は社会の各分野に於いて目的を達成するために用いられる手段・手法のことである。(正式名称は技術学)日本語の「技術」という訳語は、明治時代に西周 (啓蒙家) 西周によって『百学連環(百學連環)』でmechanical artを直訳すると器械の術となるが適当でないので技術と訳して可であるとしたことによる。(なおそこには「術にまた二つの区別あり。mechanical art and リベラル・アーツ liberal art」と述べられている)創作活動等に於いて技・技術を屈指して用いる様々な手法を技法(ぎほう)といい、技術を用いる能力を技能(ぎのう)などと呼ぶこともある。希少価値のある高度な技能は一般に高く評価されており、保護の対象となる。ただし、学問的に技術を論じる場合には手段と能力とは明確に区別する必要がある。そのため、以下の論述はあくまで学問的ではなく一般的な意味での技術の解説である。学問的な技術の概念については「技術論論争」を参照してほしい。
全日本プロレス(ぜんにほんプロレス)は、1972年に設立されたプロレス団体の一つ。略して全日(ぜんにち)とも呼ばれる。英語表記:All Japan Pro.Wrestling 略称:AJPW長らく「王道プロレス」を標榜としていた。現在は「パッケージプロレス」を看板として掲げている。旗揚げ戦は1972年10月21日東京の町田市体育館で行われた。社長がジャイアント馬場、三沢光晴、武藤敬司の時期に大別される。日本プロレスに所属していたジャイアント馬場中心に結成。常にアントニオ猪木率いる新日本プロレスの異種格闘技路線と比較されつつも、一貫して「王道の純プロレス」を実践。: 馬場が培ったアメリカ(主にNWA)での人脈を生かし、幾多のスター外国人選手を招聘して人気を得た。力道山時代の「日本人レスラー対外国人レスラー」の系譜を受け継いだものだといえる。当時は新日本プロレスの格闘技路線と比較され、動きが緩やかな印象を与えた全日本のプロレスは一段低く見られがちな風潮もあった。現在では、WWEに代表されるアメリカンプロレスの源流を日本に紹介したこと、レスラーの高度な駆け引き、プロレス特有の「受けの美学」を見せたことなどが再評価の対象となっている。この時期に、ジャンボ鶴田(故人)、天龍源一郎、大仁田厚らを輩出する。またブッチャーやシークに代表される流血戦も多く、大仁田のFMWなどのインディー団体のデスマッチ路線の源流を作った、とする意見もある。